???「えー、先程からお答えしてる通りですね、まさに立法府の長であるわたくしがですね、わたくしがですよ、まさにですね、あなたのそういった発言、えー印象操作であると言わざるを得ない訳ですが、いわば国民のみなさまの支持を受けた・・・そういう・・・・・すいません、ちょっと野次はやめていただけますか?失礼ですよ!こういう大切な議論をしている時に、そういった質問を受けるという状況で、えーまあございますから・・・いわば、えー、証人喚問をするまでもなく、国民のみなさまの支持を受けた状態で、まさに、人道復興支援活動は、議論されねばならない、そのように考えている次第であります・・・。」

 

 

 

 

 

「生産性」というキーワードが
2018年にはイロイロと話題となりましたね。

 

無駄な作業をなるべく削ったり、
必要なところに予算をつぎ込むことで、
日本の組織の生産性は上昇し、
一人当たりのGDPの増大が見込めるのです。

 

そして、それを実現するためには、
あらゆる部課から意見を集めるために、
会議が必須、となります・・・。

 

 

しかし、、、

 

 

日本人の議論 = 喧嘩?

 

ほとんどの日本人は、
議論が苦手です。

 

日本人は、感情と事実を
分けて考えない癖があるため、

 

自分の意見が反対されると、
さも自分の人間性が
“否定” されたように感じるのです。

 

 

 

 

Web上でも「はい論破♪」などと
持論を並べて悦に浸っている人間がいますが、

 

そもそも目の前の相手を論破したところで
相手からの余計な恨みを買うだけで、
誰にも何一つ、メリットは生じません。

 

 

なのに、なぜか論破にこだわるのが
日本人の習性のひとつでもあります。

 

皆でより良い提案を生み出すことよりも、
目の前の憎き相手を潰すことを
優先してしまうのが、日本人なのです。

 

 

 

これはプライベートな個人間でもそうだし、
ビジネスの場面でも同様です。

 

 

あまり議論を活発にせず、
自分の意見もはっきりとは述べず、
結論をあいまいにしてしまう人が、
日本人の大多数を占めています。

 

明確な自分の意見を持っていないので、
誰かの意見に追随するか、
もしくは何も発言をしないか、
どちらかのパターンに陥りがちです。

 

 

 

本来なら良いモノを生み出すために
議論ってのは、重ねていくわけですね。

 

 

しかし、日本人同士の議論というのは、
往々にして喧嘩腰になるので、

 

より良いモノを作っていく、という
議論の本来の目的、すなわち
アウフヘーベンが成立しづらいのです。

 

 

そんな国民性ですから、
何かを決定する時には、
あらかじめ「根回し」が必要になります。

 

最初から勝つ人間が決まっていて、
ごく一部の人の意見しか通さないように、
すべての進行は事前に仕組まれています。

 

 

現実社会における議論や会議は、
根回しが既に完了した状態が、
スタートなのです。

 

 

意識高い系の就活生が企業に入る時に
「我こそが、この会社で革命を起こす!」
と意気込んだとしても、

 

それは単なる幻想であると
入社してからすぐに気付きますよね。

 

 

 

・・・新人にはそもそも、
会議での発言権など与えられないからです。

 

 

建前上は、多様な意見を取り上げると
打ち出している企業文化だったとしても、

 

会社に都合の良い意見以外は
ふつーにシカトされるのがオチです。

 

 

新入社員の意見なんてものは
社会を知らずに語る机上の空論が多く、
アテにならないことがほとんどなので、

 

最初のうちは議事録を作らせたり、
プレゼンの資料を準備させたりなど、
雑用に終始させ、社内の空気感を
読めるようにすることが先決なのです。

 

 

日本が新卒一括採用にこだわるのは、
職場に新しい人を入れることで
空気をフレッシュに保つことが目的ですが、

 

実際には「研修」「OJT」と称して
社内の空気にどっぷり浸らせ、
企業文化に染め上げる過程を踏むので、

 

新入社員の個性なんてものはすぐに
消え失せるわけです。

 

 

 

会議の場ではおエライさんの意見だけを
一方的に通す、というスタンスが基本で、
議論らしい議論はほとんどありません。

 

こうした状態は俗に、
八百長(やおちょう)とか
出来レースなどと呼ばれるでしょう。

 

 

意見に反対者がいたとしても、
ごく一部の有力者を除き、
多くは手を上げることすらできません。

 

ましてやイノベーションなんて、
現実的には起こせるはずがないのです。

 

 

もしも下手な意見を打ち出して、
会議で悪目立ちしてしまったら、
後でどんな仕打ちを受けるか
分かったもんじゃありませんからね。

 

 

 

・・・そうです。

 

日本は社会に出てからも、
イジメがあちこちに存在しているのです。

 

良い人なのに、いつも損をする人と
ろくでもないのに、なぜか出世する人に
分かれてしまうのが現実です。

 

 

 

議論を重ねてアウフヘーベン!などと
キレイゴトをいくら言ったところで、
結局は権力に潰されるのがオチなのです。

 

 

だからこそ、現代人に残された選択肢は、
上層部からの理不尽な命令に従うか、
喧嘩腰ですべてをぶち壊すか、
どちらかしか残されていないように思えます。

 

 

 

・・・しかし、ちょっと待ってください。

 

実はコレって、
正しい議論の能力さえ身につければ、
解決する問題ではないでしょうか?

 

 

すなわち正しく意見を伝える能力さえ
鍛え上げることに成功すれば、

 

上司の反発も買わず、悪目立ちもせず、
うまく自分の意見を通すことができる、
という理想的な状況を得られるのです。

 

 

ならば、いったい日本人は
どのようにして議論の能力を
鍛えていけばよいのでしょうか?

 

 

今回、僕からアナタに、
2つのことを、お伝えします・・・。

 

 

相手の話を「能動的に聞く」

 

僕がアメリカに留学をしていた頃、
当時の教授が炎上を招きそうな発言を
授業内でやらかしたことがあります。

 

 

教授はアメリカ人だったのですが、

 

「アメリカは日本に原爆を落とした。」
「それによって戦争は終わった。」
「ゆえに、原爆は平和の象徴である。」

 

みたいな論調で、笑いながら、
自分の意見を述べていたわけですね。
(その場に日本人学生がいるにもかかわらず。)

 

 

その炎上必至な発言を聞いて、
日本人のMasaponとしては
とても黙っていられなかったわけですが、

 

だからと言って

 

(…ああ?ふざけるなよこのヤロウ!)

などと口に出してしまえば、
そこには品性のかけらもありませんし、
短絡的な人に思われてしまいます。

 

 

周囲の日本人を見回してみると、
うつむいて気まずそうにしているか、
変に作り笑いを浮かべているかの
どちらかのパターンでした。

 

僕自身も、どう返せば良いか分からず、
ただ教授をジッと睨みつけているだけ、
みたいな不穏な空気になっていました。

 

 

しかし、そんな空気を打開したのは
同じクラスメイトのアラブ人。

 

 

彼は至って普通な表情で、

アラブ人男性

“Are you proud of it?”
(あなたはそのことを誇っているのですか?)

 

と、教授に尋ねたわけです。

 

 

 

するとアメリカ人の教授は、

アメリカ人男性

“No, I’m not proud of it. I was just taught that way in the school”(いやあ、誇ってはいないさ。ただ学校ではそのように教わったんだ。)

 

と説明を加えたわけです。

 

 

すなわち彼は、
別に日本人に喧嘩を売っていた訳ではなく、
単に「そういう教育がアメリカにはある」
という事実を伝えていただけでした。

 

 

こんな感じで、一触即発の空気になった時、
日本人は黙り込んだり怒りを露わにしたり、
もしくは気まずそうにニヤケがちですが、

 

外国人の場合は、
まず相手に質問をする
ことによって、議論を先へと進めます。

 

 

相手の話の本意を確認するために、
追加で能動的に尋ねるわけです。

 

闇雲に相手の意見に従うのではなく、
ムキになって自分の主張を言い張るのでもなく
ただ、大人の対応をするのです。

 

 

日本人は議論が苦手だと言われる所以は、

  • 気まずい空気を回避するか
  • それとも相手を叩き潰すか

その二択で考えてしまうからですね。

 

 

でも実は第三の選択肢があり、
それは意外にも「相手の話を聞く」
という行為にあったのです。

 

それも、受け身で聞くのではなく、
あくまで能動的に、主体性をもって
相手に質問を投げかけるということです。

 

 

これは、厄介な外交関係の議論や、
ビジネス上の商談においても
適用できる技術だと言えるでしょう。

 

そして、日本人が議論に強くなるために
実はもう一つ、コツがあります。

 

 

概念の「定義」をハッキリさせる

 

就活の面接で、グループワークなどを
経験した人には同意してくれると思いますが、

 

何かのお題が出された時には、
まず、言葉の定義を確認しますよね。

 

 

たとえば
「少子化を解消するためにはどうすべきか?」
というお題が面接官から出された場合、

 

  • そもそも少子化とはどういう状態か?
  • 解消とはどういう状態を指すのか?
  • 具体的に数値がどれくらいなのか?

 

といった言葉の定義を示してから、
本格的に議論をスタートさせるわけですね。

 

 

一見すると堅苦しく思えますが、
こういう定義をキッチリ決めておかない限り、
議論というのはまとまらないわけです。

 

型にキッチリとハメて考えずに、
思い付きで適当な意見を言うだけの人間は、
議論を滅茶苦茶にする可能性が高く、
自爆野郎・クラッシャーと呼ばれます。

 

 

こういう輩がグループに一人でもいると、
まともな結論に辿り着かないため、
面接官からは “酷評” を受けるわけですね。

 

それも、クラッシャー本人のみならず、
同じチームの全員が連帯責任で
評価を下げられてしまうので、
グループワークは半ば運ゲーなのです。

 

 

それでも面接官は、
たとえクラッシャーがいる状況下でも、
一人一人の様子を観察しています。

 

たとえ議論の収拾がつかない状況でも、
なんとか雰囲気を正常化させようと
懸命に努力をする参加者は、
評価が高くなる傾向があります。

 

 

ちなみに僕がアメリカ留学をしていた頃、

とある韓国人女性がクラス全員の前で
「日本は韓国に危害を加えた!」的な意見を
ぶっぱなしていたことがありました。

 

 

外見は至って普通の女子学生でしたが、
韓国の「独特な歴史教育」を受けているため、
色んな場所で被害者的な発信をするのです。

 

 

急速に部屋内が変な空気になったので、
いたたまれなくなった某日本人学生は、

 

たかし

“Sorry…”

などと謝罪していました。

 

 

一方でMasaponは、
(いや、別に謝る必要はねえだろう・・・)と
考えあぐねているばかりでしたが、
特にこれといった行動は起こせませんでした。

 

 

しかし、そこで別の中国人学生が、

中国女子

“Did that happen in your generation?”
(それは君の世代で起きたことなの?)

と、冷静に質問を投げ掛けたのです。

 

 

すなわち、「被害とは何か」という
言葉の再定義を確認したわけですね。

 

 

「キミの世代で日本人から被害を受けたのならともかく、現実にはずっと昔のことを掘り起こしているだけなら、わざわざ今ここで言う必要はないんじゃない?」

 

といった内容の意見を、
“たった一言の質問” をするだけで
見事に伝えてしまったのです。

 

 

この鋭い質問によって、
例の韓国人学生は何も言い返せず、
おとなしくなりました。

 

 

そんな様子を見ていたMasaponは、
その学生の知的な雰囲気を見て、
(オオ、スゲェ……)と感心するに至りました。

 

これはあくまでほんの一例ですが、
議論に強い人というのは、
言葉の定義をしっかりと確認した上で、
相手の言論を封殺できるんですよね。

 

 

日本人は総じて議論がド下手クソである。

 

そもそも国会の運営からして、
単なるハリボテと言っても
差支えはないでしょうね。

 

国会における本会議よりも前に、
委員会でほぼ全ての法案が決まり、
あとは単なる作業に近いからです。

 

 

国会は単なる形式通りに進行させる場面に
過ぎない仕組みであって、
いわば八百長に近い仕組みなのです。

 

 

日本における国会答弁とは、
官僚が用意したトークスクリプト的なものを
代表者が読み上げる場面に過ぎません。

 

その様子をTVで見て、日本人の一般大衆は、
政治家が活発に議論をしているなぁ~、と
印象づけられるわけですね・・・。

 

 

しかしあそこで出されている意見は、
ほとんどが単なる確認作業に過ぎず、
本来の議論の役割を成してはいません。

 

野党も野党で、いきなりクイズを出したり、
事前に予定されていない内容を出したりなど、
ルールを破る言動が多く目立ちます。

 

 

そのようにして、
わざわざ議論をややこしくしておきながら
話がまとまらずに結論を下されてしまうと、

 

「強行採決だっ!!!!!」と叫び、
いつ用意したの?とツッコミたくなるような
プラカードを掲げて、暴走を始めるのです。

 

 

 

 

もちろん委員会は日本だけではなく、
アメリカ合衆国にもありますよ。

 

 

しかし、米国は大統領の権限が圧倒的に強く、
同時に三権分立も徹底されているので、

 

日本よりも「議論」の余地は
大幅に残されていると言えるでしょう。

 

 

イザとなればトランプ氏の一言で、
アメリカどころか世界中の国際活動の
ほぼ全てが決まってしまうことになりますが、

 

彼は常にTwitterで国民に情報を開示し、
国民からの生リプライなども受けているため、
独裁政治には極めてなりにくいのです。

 

 

日本人のネガティブな側面

 

あんまりネガティブなことを言っても
しょうがないんですが、

 

「臭いモノの蓋は取れ」が
Web上では重要とされているので、
ここは遠慮なく断言しておきましょう。

 

 

 

日本の大半の組織文化というのは、
ハッキリ言って、腐っています。

 

 

コレは会社や役所のみならず、
大学などの教育機関においても
色んなところに綻びが見られます。

 

 

 

ロボットにやらせるような仕事を
未だに人力に頼っていたり、
有能な人物に非効率的な作業を課して、
自分の地位を奪われないようにしたり。

 

空き時間でスキルを上げようとしている社員を
皆でイジメる文化があったり、
プライベートをどんどん侵食されたりします。

 

飲み会に参加しない社員はもはや、
人間扱いされないような職場もあります。

 

 

日本人が本来持っている「向上心」を
奪い去るのが目的であるかのごとく、
これまでやってきた古臭い文化を
何も考えずに踏襲していたりします。

 

教育担当者なのにろくに教育をしなかったり、
偉そうにするのが仕事だと勘違いしていたり、
人間として「ヤバイ」タイプの連中が
あちこちに跳梁跋扈しています。

 

 

 

たとえばここに、
人手不足に悩んでいる企業があって、
その解消のためにはどうすべきか?
みたいな議題が会議で取り上げられるとします。

 

 

が、「給料を上げればいいじゃん」
というありきたりな意見一つとっても、
それを堂々と言える人はいません。

 

末端の給与を上げると
会社の固定費が増えてしまうので、
お偉いさんには不評だからです。

 

 

仮に給料上げろと提案したところで、

「じゃあお前、責任取れんの?」

などと、威圧的に言われてしまえば、
もはや一般社員は無力な子犬同然です。

 

 

そして結局、言いたいことも言えずに、
社内で新たに部活動が発足したり、
経費を使って社員旅行が開かれたりと・・・

 

「上層部を楽しませる」だけの
余計なアイディアばかりが
次々と採用されることになるわけですね。

 

 

 

しかし、これが日本の組織文化なのです。
力を持たぬ個人は、我慢するしかないのです。

 

 

「上層部の意見をリピートする」か、
それとも「余計な事を言わず沈黙する」か、

日本人はどちらかの道を選択しなければ
組織内で生き残ることはできません。

 

 

自分の意見を打ち出したいと思ったら、
厳しい出世競争に勝ち抜き上を目指すか、
組織を抜け出し、独立起業を試みるなどして、
自分が主導権を握るしかないのです。

 

 

それをせずに、意見を主張しても
「喧嘩」になるか「イジメ」に遭うか、
そのどちらかの結末しか存在しないのです。

 

 

 

・・・なぜ、こんな腐った文化が
日本にはびこってしまったのか?

 

 

それは、日本人はそのほとんどが、
「議論の仕方」を教育されていないからです。

 

 

欧米では幼少期から、
自分の意見を論理的に主張するために
トレーニングを施される人が多いですが、

 

日本の学校教育の場合、
「1対多数」の講義型授業が通常なので、
真面目な子であるほど、
自分の意見を打ち出せなくなります。

 

 

そして、親や先生の言うことに逆らわず、
そのまま聞き入れるタイプの子供が
「素直な良い子」だとされるのです。

 

 

「先生に教えられた通りのこと」を
そのまま実行できる子が優秀とされるので、

 

あなたの意見はなあに?

 

と尋ねられた時に、
多くは引っ込み思案になってしまい、
ありのままの意見が言えないまま、
大人になっていきます。

 

 

自分の思ったことを言わず、
上司や先輩の意見に徹底的に従うことで
ようやく出世を果たす人が多いので、

 

そのようにして出世した人々は、
同様のやり方を下層部にも押し付け、
何世代に渡って不毛な作業プロセスが
繰り返されるというわけです。

 

 

日本人はほぼ例外なく、
自分の思ったことを言わないことが
美徳とされる文化で育つため、

 

空気を読めない、声のデカイだけの輩に
太刀打ちする手段を持てないのです。

 

 

それならいっそトップダウン方式で、
強力なリーダーシップを持った人間が
全責任を引き受けた上で指示を出せばいい、
という提案も考えられますが、

 

日本はカイゼンを始めとする
現場主義の文化が強いため、
あくまでチームワークを重視するのです。

 

 

(もうどこにも改善するところは無えよ…)

と言いたくなるような状況であっても、
何かしらの数値で改善を示さねばならないので

 

そのレポート処理などに追われてしまい、
結果的に非効率的な業務が延々と続きます。

 

 

 

それゆえ、日本人は、
悪口や陰口が大好きです。

 

溜まったストレス、鬱憤を晴らすために、
酒の席で気の合う同僚や友人達を集め、
ひたすら愚痴を嘆くことを好みます。

 

 

これは世界を見渡しても、
日本だけに特有な現象だと言えるでしょう。

 

 

我々は普段、自覚こそしていませんが、
いったん欧米や中東の人と話してみると、
陰口をあまり言わないことに気付きます。

 

なぜなら彼らは陰で悪口を言うよりも、
直接本人に面と向かって言う文化が
良しとされているからです。

 

 

海外は罵詈雑言のバリエーションは豊富でも、
本人のいないところで陰口を叩くのは
基本的には好まない文化なのです。

 

 

なので、あなたがが海外に出た時に、
ネガティブトークで仲間を作ろうとすると、
意外とウケが悪いことに気付くはずです。

 

 

日本人は、議論が苦手だし、
意見を堂々と言うことも苦手です。

 

誰かが先に言ってくれれば、
それに後から追随することはできますが、

 

自分が率先して意見をブチかますのは、
どうしても難しいと感じる人が多いようです。

 

 

 

さて、

 

あなたは、こうした日本の現状に
どのような意見を持っていますか?

 

 

もしもこのような現状を変えたいと思ったら、
十分に議論ができる能力を鍛えるのは
今から決して遅くはありません。

 

 

英語で議論ができるようになれば、
世界中で通用する人材になれるし、
当然ですが、ビジネスでも活躍できます。

 

 

ですがまずは、
「日本語で上手な議論ができる自分」を
目指してみてはいかがでしょうか。

 

英語圏におけるコミュニケーション能力は、
日本語のそれを土台としますからね。

 

 

 

転職を考えるのは、
それらの能力を磨き上げてからでも
決して遅くはないはずですよ。

 

 

僕はこの記事において、
「日本人は議論が下手だ」などと、
エラソーな物言いをしていますが、

 

それは過去の経験に裏打ちされた
確固たる自信を有しているため、
そう簡単には崩れないと断言できるからです。

 

 

 

スキルを高めることによって、
世界は必然的に、変わります。

 

 

あなたが望む世界観への扉は、
今この瞬間にも開かれていることを、
決して、忘れてはいけません。