ハロー、Masaponです。

 

先日、Youtubeを漁っていたら、
こんな動画を見つけましたwww

 

 

 

内容はともかくとして、この彼、
すごい勇気ありますねwww

 

たぶん中学生のYoutuberですが、
「英語教育なんて要らないんだ!!!」
と、日本の教育制度を一刀両断しています。

 

 

こんな風に表に出て過激な主張をすると、
場合によってはその映像データが
一生残ってしまうので、

 

いつか彼の心が変わり、
「やっぱり英語をやりたいぜ!」と思った時に
後悔しないかどうか、ちょっと心配です。。。

 

 

とはいえ、

 

実際に動画の内容を拝見してみると、
過激なタイトルやサムネイルとは裏腹に、
案外まともなことも言っています。

 

炎上目的で上げた動画だとは思いますが、
とりあえず最後まで視聴してみると、
なんとなく共感できるかもしれません。

 

 

やりたい人だけが勉強すれば良い?

 

つい最近まで、
小学生Youtuberの「ゆたぼん」が
世間の大人達を騒がせていましたが、

 

彼の主張内容を観察すると、

「やりたい人だけが勉強すれば良い」

という主張が多く見られますね。

 

 

すなわち、勉強したい人はすればいいし、
勉強したくない人はしなくて良い。

 

もしくは、学校に行きたい人は行けばいいし、
行きたくない人は別の場所で勉強すれば良い。

 

あなたはこの意見について、
どう思いますか?

 

 

集団授業 = 個性を奪う教育?

 

アメリカでは「ホームスクーリング」も
けっこう流行ってきているみたいですが、
日本ではまだまだ普及が進んでいません。

 

日本の学校では、皆で部活動をしたり、
掃除をしたり、一斉に授業を受けたりします。

 

我々が卒業してきた小学校、中学校なども
「集団一斉形式」の授業が基本でした。

 

 

しかし、最近ではその一斉授業の問題点が
あちらこちらで指摘されています。

 

 

たかし

国家による国民奴隷化洗脳教育だ!

 

・・・ということを言う人もいますが、
これは「皆に同じことを学ばせる」ことの弊害に
スポットライトが当たっています。

 

 

集団で一斉に授業をすることで、
生徒の積極性や個性を奪い去り、
受け身の態度を身に付けさせてしまう・・・

 

そういう側面が、
確かに日本の教育制度にはあります。

 

 

グローバル的な基準に照らし合わせた日本人は、
授業で積極的に発言をする人も少なく、
ひたすらその場の空気を読み続けています。

 

仮に途中で分からない点があっても、
授業をさえぎって挙手するなんてことは
日本人の場合、ほとんどありません。

 

 

なぜ、授業で発言せずに
黙って先生の話を聞いているのか?

 

「出る杭は打たれる」という格言の通り、
あんまりクラス内で悪目立ちすると、
色々と周囲に叩かれる要因になるからです。

 

 

集団で勉強をすることの意義とは?

 

集団一斉授業ばかりを受けていると、
積極性が消え去ってしまう。

 

ただ、そういった負の側面を持ちながらも、
集団授業は集団授業で良い面もあります。

 

 

たとえば日本人は海外と違って、
「規律の取れた動き」をするのが得意です。

 

集団・グループの共通目的のために、
それぞれの役割を明確化したうえで、
全体の調和を目指すのが得意です。

 

 

それを実現できる背景は、紛れもなく
日本の集団教育にあると言えるでしょう。

 

みんなで一斉に同じ科目を勉強することで、
国民全員に共通する常識(コモンセンス)を
養わせることができるからです。

 

 

個人の意思ばかりを重視すると、
各々がバラバラに行動してしまうので、
全体を調和させるのに苦労するのですが、

 

日本の教育をしっかり受けていれば、
全体の意向を常に尊重できるので、
集団としての力が強まるわけです。

 

 

たとえば同じクラスの人が全員、
同じドラマ、映画、漫画、アニメを観ていれば
その共通の話題をきっかけとして、
休み時間などが盛り上がりやすくなります。

 

もしくはクラス全体が協力をして、
文化祭、体育祭、音楽祭などで練習すれば、
素敵な作品が作られるだけではなく、
皆で一体となる “感動的な思い出” が残ります。

 

 

そうした「集団行動」ができる点は、
他の国にはない日本の強みだと言えますね。

 

 

 

また、その強みが最大限に生かされたのが、
かつての日本の高度経済成長期だと言えます。

 

あらゆる労働者が日本社会の復活を掲げ、
仕事を真面目に規律正しく行い続けることで、
日本全体の力は大きく飛躍しました。

 

この「集団的な規律」の強さは、
他の国に真似できるものではなく、
日本特有のものだと言えます。

 

 

そもそも昔の日本には
「個人」という概念がなかったのです。

 

ムラ社会、共同体意識が当たり前で、
現代のような「個の意見の尊重」なんぞ
別にどうでも良いよねって感じで。

 

それが、大正デモクラシーを経て、
民主主義が日本に導入されるのと同時期に、
西洋から「個人主義」が輸入されたのです。

 

 

そういった諸々の概念がミックスして、
今の我々が生きている時代に反映されています。

 

なので現代では、
集団主義と個人主義の両方の視点から、
学校教育を語る必要があるでしょう。。。

 

 

・・・とか言っちゃうと、
なんだか堅苦しい話になりそうなので、
もうちょっとゆるい感じで語っていきます。

 

 

やりたい勉強だけをしていると・・・

 

日本人でもけっこう、大人になると
「勉強」にハマる人が増えてきます。

 

英語、歴史、ITあたりは
大人から勉強を始める人も多いですね。

 

僕のところにもしょっちゅう、
「大人になってから英語の勉強を始めました」
というタイプの人が来られます。

 

 

中高生の頃は勉強が嫌いだった人でも、
大人になってから勉強を始めてみると、
その楽しさに気付いたりします。

 

それはなぜかと言うと、
「自分の学びたいことを学んでいる」
からです。

 

 

自分がやりたくてやってんだから、
そりゃ楽しいに決まっていますね。

 

 

 

 

・・・。

 

 

ただこーゆー勉強習慣って、
「自分の学びたいことしか学ぼうとしない」
とも言い換えられますね。

 

 

たとえば、Googleで調べものをしたり、
Youtubeで動画を視聴したり、
検索キーワードを打ち込んでみる。

 

検索結果に表示されたコンテンツから、
「面白そう」なものだけを選んで、
その知識を吸収しようと努める。

 

 

 

うん、知識欲が旺盛なのは良いことです。

 

なので一見すると、そういうやり方でも
『勉強』をした気になれるかもしれません。

 

 

 

しかし、

 

実はこうした勉強習慣には、
大きな罠が待ち構えていることを、
あなたは知っておかねばなりません・・・。

 

 

オトナ流の勉強の弊害

 

冒頭で紹介したYoutuberの彼は、

「将来、英語を使う人だけに英語を学ばせればよいじゃん」

といった内容を述べています。

 

しかし、こういう考え方って、
マジでナンセンスなんですよね。

 

 

義務教育で数学を学ぶ生徒は、
将来的に数学を扱う人だけ。

 

理科を学ぶ生徒は、
将来、研究者になる人だけ。

 

体育を学ぶ生徒は、
将来、肉体労働をする人だけ。

 

音楽を学ぶ生徒は、
将来、音楽家になる人だけ・・・。

 

 

とかやってるとキリがないし、
集団授業のメリットを享受できなくなります。

 

 

(笑)

 

 

勉強をする意義というのは、
自分が欲しい知識を得るためではなく、

 

自分が学んできたプロセスで、
いかに成長するかが重要なのです。

 

自分がやりたいことだけをやればいい。
これ系の言葉を真に受けて良い人って、
既に十分に成長した人だけなんですよね。

 

 

 

やりたいことをやっても大丈夫な人は、
欲望をある程度「自制」できるので、
周囲にいちいち細かく管理されなくても
自分一人でどんどん成長できるわけです。

 

自分で自分を律することができない人は、
ある程度、強制される必要があります。

 

 

自分の感覚を過信しないこと

 

すぐにスキルを身に着ける人々に
共通する特徴があります。

 

それは、
「教わる相手の言うことを素直に聞く」
という態度です。

 

よく言われていることですが、
やっぱり素直さがある人とそうでない人とでは
成長スピードが段違いです。

 

 

この「素直さ」というのは、
大人になると多くの人が失いがちです。

 

年齢を重ねてきたプライドとか、
過去の成功体験などが足を引っ張って、
他人の言う事に耳を貸さなくなるのです。

 

僕も常に気を付けるようにしていますが、
自分よりもレベルが高い人の言う助言は、
素直に丸ごと受け入れる方が身のためですね。

 

 

うん、僕自身も常に、
素直にアドバイスを受け入れるように
気を付けているわけですよ。

 

なぜなら気を抜くとすぐに、
自分の一方的な考えばかりに
偏ってしまう可能性があるからです。

 

過去を振り返っても、
素直にアドバイスを受け入れていた時期と、
自分の考えだけでやっていた時期とでは、
成長レベルが天と地ほども違いました。

 

 

素直さがない人というのは、
要するに、自分を優先している人のことです。

 

目の前の他人の言うことを信じずに、
「自分の感覚」だけを頼りにしてしまうので、

 

せっかく新しい教育を受けたとしても
それが頭に入ってこないわけですね。

 

 

「自分の知りたいことだけを知る」
という習慣をずーーっと続けてしまうと、
成長が著しく遅れてしまいます。

 

 

なぜなら、そうやって得た知識って、
往々にして “断片的” だからです。

 

 

断片的な知識っていくら増やしても、
それを使いこなせるとは限りませんよね。

 

もっと知識と知識を有機的に繋げ合わせて、
全体のバランスを考えたうえで入手しないと、
死んだ知識ばかりが積み上がってしまいます。

 

 

もちろん知識や情報は重要なのですが、
筋肉と同じで「使えなければ意味がない」です。

 

スポーツするのに筋トレは必須ですが、
だからって筋トレばっかりしてても、
試合で役に立つ筋肉は育ちませんよね。

 

 

かつ、ある程度思いっきり筋トレしたら、
今度は「余分な筋肉を削ぎ落す」という作業が
必要になってきます。

 

英語の知識もそんな感じで、
ある一定レベルまで思いっきり勉強したら、
今度はそれを削ぎ落す必要が出てきます。

 

 

ちなみに、一部の人は

 

たかし

「だったら、最初から不要な知識は教わらないでよくね?」

 

という疑問を持つかもしれません。

 

 

しかし、学習のエッセンスというのは
経験上、それだけを目的に覚えてみたところで、
あまり役には立たないことが多いです。

 

 

なのでまずは「勉強量」を確保し、
そこから「削ぎ落す」プロセスを経ないと、
使える知識の形にならないんですよね。

 

 

まあ、ヒトが食事をして栄養を確保する際にも
いったん清濁併せて丸飲みしたうえで、
「余計なもの」を削ぎ落とすじゃないすかw

 

本当に必要な栄養というのは、
内臓が勝手に判断して吸収してくれるので、
あんまり頭で考えない方が良いのです。

 

あなたがサプリメントだけで生活できるなら、
それも1つの手かもしれませんが・・・。

 

 

使える英語力を手に入れるには?

 

英語を勉強する際に、
「話せるようになりたい!」という人、
けっこう多いと思います。

 

もちろんそういった明確な目標を持ち、
それに向けて努力をすることには、
Masaponも大賛成します。

 

 

ただ、重要なのはそのプロセス

 

 

 

外国人とのコミュニケーションで使う表現を
そのまま覚えさせる英語学習法が、
あちこちで流行っているのですが、

 

ぶっちゃけこれって、
断片的な知識ばかりが蓄積するので
あんまりよくないやり方です。

 

 

その「知識の罠」にかかって、
思ったように英語を話せない日本人って
最近だとかなり多いんですよね。

 

本来なら、文法、構文、発音と一緒に
それに必要なマインド(心構え)を合わせて
総合的に学ぶ必要があるわけです。

 

フレーズ集とか、僕も以前は出してましたが
今では別の指導方法に切り替えています。

 

 

もっと本質的で、根本的な部分から
「本当に使える形」で英語を学べるように
一連の設計を組み立てることにしました。

 

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大人になるとモノ覚えが悪くなる、
とあちこちで言われていますが、

 

それはつまり、自分の感覚を過信して
素直に人の話を聞けなくなるのが原因です。

 

それは子供でも大人でも、
あんまり関係ないと僕は思ってます。

 

 

そもそも、何のために英語を学ぶかっていうと、

 

もちろん仕事で使ったり、趣味で使ったり、
海外の情報を得る事に使ったりなど
人によって目的は様々ですが…

 

共通するのは、英語を読み書き、
自由自在に話せるようになることで
「人生の豊かさ」を味わうことですよね。

 

 

つまり言語を学ぶ本質は、
異文化コミュニケーションにあるわけです。

 

自分と違う価値観の持ち主であっても、
うまく情報を交換できるようになることが
英語を学ぶ本質的な価値となります。

 

なので、知識だけに偏ることなく、
そうした本質的なことを意識すると、
勉強も捗るはずですよ。

 

 

本質を常に意識している人は、
自動翻訳機が世に現れたところで
英語の勉強をやめようとは思いません。

 

 

安倍首相とトランプ大統領も、
通訳者や通訳機器を一切挟まずに、
こっそり英語で会話したりしていますね。

 

プライベートで会話をするからこそ、
話せる話題もあるのでしょう。

 

 

だから今回の話を要約すると、
英語の勉強が不要になるのではなく、

 

その「教育のあり方」が大きく変わってくる・・・
というだけの話なわけです。

 

今日はそんなところで!